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172 初恋

last update Last Updated: 2025-11-02 17:00:43

 隣に座った直希は、自販機で買ってきたミルクティーを菜乃花に渡した。

「待たせちゃったかな」

「いえ、そんなことないです。私が勝手に、早く来ただけですので」

「着替えた方がよかったんじゃない? 制服のままだと寒いだろ」

「いえ、大丈夫です。ここで海を見て、色んなことを考えたかったので」

 そう言って一口飲み、「あったかい……」と笑みを漏らした。

「……ここに来てから、本当に色んなことがあったんだなって、そう思ってました。おばあちゃんと初めてあおい荘に来た日、あおい荘の雰囲気に驚いて……直希さんに会って……男の人とあんなに話をしたのは初めてで……でも直希さん、私に目線を合わせてくれて、穏やかに笑ってくれました。私が怖がらない様に気を使ってくれて……それが嬉しかった事、すごく覚えています。

 それからの毎日は、ものすごく目まぐるしく動いてました。毎日が新鮮で、キラキラ輝いていて……あおい荘に住むようになってからは特にそうで……まるで自分じゃないみたいで、いつも笑って……本当に楽しかったです。

 つぐみさんと友達になって、明日香さんとも仲良くなれて……あおいさんに楽しい毎日をもらって、笑顔をもらって……夢みたいでした。

 私は他人が苦手で、いつも怯えてました。男の人は勿論だけど、女の人に対しても、いつも身構えていました。何もされないって分かってるのに、視線が怖くて……笑われているような気がして、本当に怖かったです。

 でも、文化祭が終わった頃から、自分でも驚くぐらい肩の力が抜けていました。あれだけ緊張していた教室なのに、まるで自分に『ここにいていいんだよ』って囁かれてるような気がして……クラスメイトとも普通に話せるようになってました。

 そう思って考
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     つぐみと菜乃花の喧嘩を治めた後。二人はあおい、明日香に連れられて部屋へと戻っていった。 一人残された直希は部屋に戻り、布団に寝転び天井を見つめていた。 本当なら、あおいを送り届けた後で、栄太郎の様子を見に行くつもりだった。 しかし、それどころではなくなってしまった。 栄太郎のことも心配だったが、大丈夫だと言ってくれたつぐみの言葉を信じ、今日はあおい荘のことだけを考えよう、そう思った。 そして夜。 様々なことが頭に浮かび、さながら脳内は、これまでの半生を振り返るイベントの様相を見せていた。 そして。 考えれば考えるほど、これまでの言動に嫌気がさしてきた。 * * * 昨夜、あおいに告白された。 卒業式の日、つぐみに告白された。 みぞれとしずくの父親になってほしい、そう明日香に言われた。 そして今日。 菜乃花から二度目の告白を受けた。 これまで、罪人である自分にそんな資格はないと、彼女たちの想いを拒んで来た。しかし昨夜、あおいからその罪を許され、そして罰を受けることになった。 幸せになるという罰を。 もう、今までのような言い訳は出来ない。 彼女たちの想いと向き合い、結論を出さなくてはいけない。 そう思うと、自分でも驚くぐらい混乱するのが分かった。 ある意味、十字架を背負っていた時の方が楽だと思えるぐらい、彼女たちの気持ちが重くのしかかってきた。「なんだよこれ……」 どれだけ自分は、不幸に依存してきたのか。 不幸を望んでいるが故に、バランスを保っていた自分。そんな自分が滑稽に思えた。 そして今。自身の答えが誰かを傷つけることになると思うと、頭が痛くなった。吐き気がしてきた。 誰も不幸にしたくない。みんなに笑顔でいてほしい。 自身を顧みず、人の幸せを望むことがどれだけ楽な生き方だったかを、思い知らされているようだった。

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